交響曲第九番 4楽章「歓喜の歌」

カテゴリー: 日記 — 投稿者: 株式会社レイバーサポートシステム スタッフ — 2017 年 12 月 29 日5:45 PM

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ベートーヴェンの交響曲第九番4楽章と言えば、誰でも知っていると思います。12月が近づくと各地で演奏されます。会津でも先日12月17日に会津風雅堂で、会津第九の会会員と高校生やく240人とピアノ2台での演奏が行われました。ピアノでの演奏は初めての試みでしたが、素晴らしいピアノ伴奏で成功をおさめました。今回の演奏は、来年の会津若松の戊辰戦争150周年記念と日本で初めてベートーヴェンの交響曲第九番が演奏されて100周年記念という事で、来年9月24日会津祭りの最終日に会津風雅堂で演奏予定のプレ演奏と言うことで行われました。来年の演奏は、各地の「第九の会」に声かけ演奏する予定ということで、来年は高校生の参加はできない見込みと言うことだそうです。どうしてベートーヴェンの交響曲第九番の演奏100周年記念が会津で行われるのかと言うことは、交響曲第九番は、会津とは切っても切れない強いつながりがあります。新聞にも掲載されていますが、会津藩士 松江久平の長男として生まれた松江豊寿氏が1917年、第1次世界大戦勃発後、ドイツ軍が俘虜されている徳島の坂東俘虜収容所長に命じられ、賊軍として悲哀を味わった体験が大きく人格形成に影響したのか「俘虜でも同じ人間であるという人道に基づいた待遇で接し、出来るだけ自由に生活できるように対応し、地域住民とも交流があったそうです。そして松江豊寿氏は、俘虜に「一番したいことは何か」を聞いたところ、この「ベートーヴェンの交響曲第九番を演奏したい」と答えたそうです。それを許可し、初めて日本でベートーヴェンの交響曲第九番が、徳島県鳴門市の坂東俘虜収容所で演奏されたということで、それから来年が100年と言うことです。その他に会津は、音楽を教科書に取り入れたのも1番最初だそうです。また松江豊寿公の弟である松江春次氏は、サイパンで製糖事業を営み砂糖王と呼ばれたそうです。私は松江豊寿公と春次氏について、「会津第九の会」に入会し、豊寿公の法要等に参加し始めて知りました。ちなみに鳴門市民はは松江兄弟のことを良く知っているそうです。会津の人はどうでしょうか・・。

来年の交響曲第九番の演奏が楽しみです(来年はオーケストラによる演奏です)